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ターゲット変更?

カテゴリー: 時事雑感

「日本は極めて同質的な国」伊吹文科相

柳沢厚労相が中々落とせないので、今度は伊吹文科相を狙いはじめたようです。


毎度の事ながら、発言の何処が問題になるのかイマイチ分かりませんね。
コレを批判する人達は何を思って反論してるのでしょうか?

日本は同質的な国であってはならない?
だったら格差拡大しても、少々不平等でも文句言えませんね。
外国出身の方々には、専用の居住区にお住みいただく必要がありますね。
日本社会・地域社会に溶け込むということは、同質化することですからね。

それとも、同質であるべきだが、実際はそうでないとでも?
今問題になってる「格差」も他国に比べれば十分に小さいし、
アメリカのような多人種国家・移民国家・多文化国家でもなく、
イラクみたいな宗派・主義による明確な対立も見えない。

いずれでもないとしたら、彼らの言う「同質」とはいったいどんな物なんでしょうね。

それに、「日本は日本人がずっと治めてきた」というのも歴史的な事実。
違うと言えば、第二次世界大戦後、米国に占領されてた頃くらいですか。
それも、GHQが日本政府に指示・命令する間接統治でしたがね。


あと、「人権メタボ」でしたっけ?
個人的には「巧く喩えたなぁ」という印象なんですよね。
美味しくて体に必要な栄養素を含んだバターに喩えたあたりも、
薬やタバコなんかに喩えるよりも的確です。

更に言えば、「今が『人権メタボ』状態だ」とは言ってないところも
柳沢厚労相とは格が違う、伊吹文科相の巧いところ。

内心はそう思ってるのでしょうが、内心を罰するのは違憲です(笑)
また、「人権メタボ」がNGワードだと言うなら、
A.「バターの食べ過ぎ→メタボリック症候群」を否定
B.「個人の権利を重視しすぎる→社会に悪影響」を否定
のいずれかをやらなきゃ駄目なんですよね。勿論、論理的に。

ちなみに、私の答えは、
A.無理
B.2人でも我が儘を言い合えば仲良くなんてできない。
  2人でも無理なことが1億人も居る社会でできるはずがない。よって無理。
なんですが、伊吹発言を批判する方々の意見を、是非お聞きしたいものです。


しかし、現実に目を向ければ、
マスコミは論点をぼかしたまま批判記事を書き、
聞こえてくるのは論理的反論ではなく、ヒステリックな「やめろ」コール。
柳沢厚労相のときは「バカ同士の言い争い」といった感じでしたが、
今度は「正論を説く大人とキレた子供」という印象です。


今回は、伊吹文科相に座布団1枚!!
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清高

URL | [ 編集 ] 2007/02/27(火) 21:22:08

通りがかりの者です。拝見しました。
①「日本は同質的な国であってはならない? だったら格差拡大しても、少々不平等でも文句言えませんね」は一理ありますが、そういうことを問題としているではなく、アイヌとかいろいろな民族がいるでしょう、ということです。
②「「個人の権利を重視しすぎる→社会に悪影響」を否定」は少しずれていますね。本当に今の日本は実質的にも形式的にも「個人の権利を重視しすぎ」ていますか。まず実質面ですが、日本の労働者の有給消化率が100%というデータでもお持ち(実際には半分も消化していない)?こんな身近なところでも「個人の権利を重視しすぎる」という現実はないのでは?形式的には(なんでもいいから、世界憲法集を一読されたし)、たしかに日本国憲法は権利が多いらしいが、それは悪いことではないので、「個人の権利を重視しすぎ」とはいえないですね。ゆえに、「個人の権利を重視しすぎ」ることに対して心配には及ばないと批判しているわけです。
お~い、山田君、KamoLifeさんの座布団みんな持ってって!

KamoLife

URL | [ 編集 ] 2007/02/28(水) 00:03:28

> アイヌとかいろいろな民族がいるでしょう
だから「単一(同一)」じゃなくて「同質」と表現したんでしょう。
「同質」とは「質が同じ」ということ、「質」とは突き詰めれば「傾向」のことです。
例外が存在しても、それが少数ならば十分に「同質」と言えるでしょう。

また、「日本人は似た傾向を持つ人が多い」という
伊吹文科相の考えが仮に誤りだったとしても、
それが即ち人権否定だとか少数民族否定だとかいう方が
被害妄想に過ぎた、ズレた考えだと思うのですが。


> 本当に今の日本は実質的にも形式的にも「個人の権利を重視しすぎ」ていますか。
「自分だけ良ければいい」という身勝手な考え持つ子供や親が増え、
モラルハザードが起こっているというのは反論の余地無き事実でしょう。
(これについては産経IZA!でも「溶けゆく日本人」と題して特集が組まれてます)

これは「個人の権利を重視しすぎた教育」の結果ではありませんか?
私にはそれ以外の原因が中々思いつかないのですが、
もしご存じでしたら是非教えていただきたいものですね。

清高

URL | [ 編集 ] 2007/02/28(水) 19:53:05

コメントどうもありがとうございます。
①「例外が存在しても、それが少数ならば十分に「同質」と言えるでしょう」が、批判している人はそんな概念的なことを言っているのではなくて、少数民族をそれ自体として認めろと言っているのでは?あなたはアイヌや在日韓国・朝鮮人のことについて勉強したほうがよいと思いますよ(図書館へ行ってみてください)。
② 「「自分だけ良ければいい」という身勝手な考え持つ子供や親が増え、
モラルハザードが起こっている」これは「「個人の権利を重視しすぎた教育」の結果」ではなくて、(ア)個人の権利を正しく教わっていない結果(他者を尊重する者だけが権利を主張できるというのが正しい個人主義(『法律学小事典』(有斐閣)で調べてください)。なお、「個人の権利を重視しすぎ」として、公共心は愛国心を強調して個人の権利主張を制限しようとするのは間違っている(それは、第2次世界大戦で否定されたはずの全体主義。今の自由民主党は全体主義が幅を利かせていると思うのは私だけか))、(イ)昔もそういう人がいた(いつの時代でも身勝手な考えを持つ人はいたでしょう)、(ウ)必ずしも悪いことではない(権利の主張はいつの時代だってその当時からすれば身勝手なものでは)、といったことが考えられますね(抽象的で申し訳ない)。
以上、KamoLifeさんの答えは不十分ですな。
あ、そうそう、山田君、伊吹さんの座布団もみんな持ってって!

KamoLife

URL | [ 編集 ] 2007/03/01(木) 01:03:47

> ①
伊吹文科相は「少数民族を認めない」とは言っていません。
寧ろ、「単一・同一」ではなく「同質的」と表現したということは、
明らかに例外(=少数民族)の存在を認めているのです。
したがって、この点に依った批判は完全に的外れで、
故に先のコメントで「ズレているのはそっち」と言ったのです。

> ②
> (ア)個人の権利を正しく教わっていない結果
個人の権利を正しく教えるために、公共の精神は不要ですか?
「他人を尊重する心」というのは間違いなく、「公共の精神」の範疇でしょうに。
> (イ)昔もそういう人がいた
だから「公共心」を教育基本法に盛り込んではいけないと?
殺人者は昔から居たのだから殺人罪は無意味、と言うようなものですよ。
> (ウ)必ずしも悪いことではない
「他を尊重しないことが悪いことでない」、と仰るか。

どうも私には貴方が
「伊吹文科相は人権を軽んじているはずだ。
 だから彼の発言は不適切だ」というように、
勝手に伊吹文科相の人柄を決めつけ、その前提に立って、
伊吹文科相の発言を色眼鏡で見ているように感じられます。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言いますが、袈裟に罪は無いのです。
人それぞれ異なる考えを持っていますから全く公平にとは言えませんが、
色眼鏡を可能な限り廃し、純粋に言葉の意味だけに注目して評価し、
その上で議論を行うようにいたしましょう。お互いにね。
前提・仮定の異なる議論は、どれだけやっても無意味ですから。

清高

URL | [ 編集 ] 2007/03/01(木) 21:19:39

①について、山田君、私の主張を理解してないけど(言葉の問題ではない)、かわいそうだから座布団1枚。
②(ア)(イ)「個人の権利を正しく教えるために、公共の精神は不要」。「個人の価値をたつとび」(改正前教基法第1条)でいいと思うけど、なぜダメなの?殺人だって別に「公共心」を持ち出す必要もなく、「他者を尊重する者だけが権利を主張できる」で説明可能でしょう。
(ウ)モラルハザードが起こっているというのはあくまでもあなたの見解。「「自分だけ良ければいい」という身勝手な考え持つ子供や親」の主張が実は正当かもしれないよ。あなたの主張は脇に置いといて子供や親の立場も精査したら。
(「どうも私には」以下)「伊吹文科相は人権を軽んじている」でしょう。形式的にも実質的にも「個人の権利を尊重しすぎ」ている状況がないのに「人権メタボ」などと権利主張批判とも取れる表現を使っているのだから。
「勝手に伊吹文科相の人柄を決めつけ」てはいない。あくまでも発言を読んで決めているが。
「純粋に言葉の意味だけに注目して評価」する人など1人もいない。状況、ニュアンス、背景などを考慮して評価する人のほうが普通。

KamoLife

URL | [ 編集 ] 2007/03/02(金) 02:16:15

> ①
いや、言葉の問題ですから。
そうでなければ、発言の何が問題なんですか。
貴方が伊吹氏をどう思おうが私はそれに口を挟む気はありません。
「発言(表現)が不適切か否か」、今回の論点はそれのみです。

「同質的」という表現は、少数派の軽視と不可分ではない。
故に発言は不適切とは言えない。
これだけは理解していただきたいものですな。
最悪、こういう判断もできる、ということだけでも結構ですがね。

その他、伊吹氏が文科相として適格か否か、
彼が人権を軽視する人間か否かなどは関係有りませんし、
私はそれに関しては貴方の意見を批判するつもりもありません。


> ②
モラルハザードの例は、いささか不適切でしたね。
その点だけは謝っておきます。

改めて例を考えてみましたが、
氏の言う「権利」を「利権化した人権」と考えると良さそうです。

政府や社会が腫れ物を触るように扱うのを良いことに、
「権利」を声高に叫び、お金や支援を日本政府から
受け取り続ける者達が少なくないのですよ。
具体的に言うと左右双方の人達を敵に回しかねないので、
それがどのような人達かはご想像にお任せしますが。

ともかく、その所為で本当に補助金・支援が必要な人達に、
十分なことができなくなってしまっているのは事実です。

このような日本政府・伊吹氏の背景を考えれば、
「権利が重視されすぎた」「公共の精神」の理由も納得できます。
政府の懐事情・社会情勢を無視して、彼らの「権利」ばかりを優先しては、
本来なら優先されるべき「権利」が守られなくなりますからね。
頭に「ごく一部の」とか「特定の」とでも付け加えておけば、
もう少し当たり障りのない表現になったかもしれませんが、
まあ、普通の感覚の人なら想像できる範囲なので別段問題はないでしょう。

あとね、
「他者を尊重する」だけでは世の中やっていけないんですよ。

たとえば、麻薬。
麻薬を所持し、また個人で使うことは誰の権利も侵害してないし、
他人を尊重して、他人に迷惑をかけないように使えばいい。
貴方の論理で言えば、これは個人の権利として認められますよね?
これを取り締まる法律は個人の権利を侵害するので違憲ですね。
……と、ならないのは、個人の権利が尊重される範囲が、
「公共の福祉に反しない限り」と憲法に明記されてるから。

我々は大小様々な共同体を形成して生活しています。
その中では、たとえ「個人を尊重」した上で行使しても、
共同体にとって悪影響を及ぼすような権利が存在します。
「個人を尊重」しているからといって、そのような権利を
何でもかんでも認めていては、社会が崩壊しうる、
「人権メタボ」が起こりうるというのは、十分に明らかです。

故にもっと包括的な価値観、言うなれば、
共同体をひとつの人格として見たような価値観が必要なのです。
それが「公共」というわけで、それを尊ぶことの何処が悪なのですか。

ついでに言うと、伊吹氏の発言は、逆もまた真で、
「公共心」は共同体・社会の維持に必要なものですが、
これをあまりに重視しすぎると、それは全体主義になる。
喩えるなら「公共心メタボ」でしょうね。

ま、要するに、
権利も公共心も、どちらも必要で、どちらもバランスが大事。
先に示したように、「一部の権利」が「公共」よりも優先されてきた事実がある以上、
今回の発言や、「公共の精神」の文言も、批判されるほどのことではないでしょう。

………

とまぁ、長々とやってきましたが、そろそろお開きにしましょうや。
自分の主張が論理破綻を起こしていないようだと分かっただけで十分です。
対立する意見を生で聞かせていただいたというのも大きな収穫ですしね。

敢えて結論を出すなら、
「貴方はと私は違う感覚・前提を以て議論している」
ま、要するに
「どちらの考えも(それぞれの前提に於いて)正しく、
 主張する内容はどちらとも相応に尊重されるべき」
ということで、どうでしょ?

「KamoLifeの意見は尊重されるべきでない!」と思うなら
まだまだ議論を続けても良いんですが、
これ以上の議論は、互いの前提に踏み込むことになります。
前提にまで踏み込んだ議論は不毛極まりないですよー?

清高

URL | [ 編集 ] 2007/03/02(金) 20:47:26

①について、あなたは「同質」にこだわり、私は現実にこだわったということですな。
②について、「氏の言う「権利」を「利権化した人権」と考えると良さそうです」とはいえないな。「純粋に言葉の意味だけに注目して評価し、その上で議論を行うようにいたしましょう」と言うあなたの発言と矛盾しますな。「政府や社会が腫れ物を触るように扱うのを良いことに、「権利」を声高に叫び、お金や支援を日本政府から受け取り続ける者達」もあなたの主観に過ぎないな。「政府の懐事情・社会情勢」というなら、もっと金のあるものから税金を取ることを考えるほうがよろしいな(法人税の減税などが行われたことはご存知か)。「麻薬」については、非犯罪化も検討されているの、ご存知?「「公共の福祉に反しない限り」と憲法に明記されてるから」といて、安易に「公共の福祉」で人権を制約してはならないのはわかっているようね(「公共心メタボ」から判断)。だから、伊吹発言は批判に値するのではないですか(人権制約を警戒するならばね)。

といったところで、「鴨川笑点」、この辺でお開き。ありがとうございました。













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